家を売る前に建物状況調査(インスペクション)を受けるか。宅建業法の仕組みと、わかること・わからないこと

築年数の経った木造2階建ての戸建て住宅の外観。郊外の住宅街で、手前に低い生け垣と小さな庭がある

築年数の経った家を売ろうとすると、ふと手が止まることがあります。見えないところに不具合があるのではないか、売ったあとに不具合が見つかって責任を問われるのではないか、という不安がよぎるためです。親から受け継いだ家であれば、家族のあいだで「直してから売ろう」「そのまま売ろう」と意見が割れることもあります。どれも、建物の状態がはっきり分からないまま話しているために起きる迷いです。

建物状況調査(インスペクション)は、その「分からない」を、専門家が確かめた現況の事実に置き換えるための一つの方法です。この記事では、宅地建物取引業法での位置づけ、調査の対象と方法、重要事項説明に使える期間、そして調査で「わかること」と「わからないこと」を、国土交通省の資料と法令の条文で確認します。価格が上がる・下がるといった結果は扱いません。価格は物件ごとの条件で変わり、一般論で決められないためです。

直してから売るか、そのまま売るかで迷うとき

売却をためらう気持ちは、一つの大きな不安ではなく、いくつかの別々の不安が重なっていることが多いものです。まず分けてみると、話が進めやすくなります。

  • 見えない不具合への不安基礎や外壁、屋根の内側など、ふだん目にしない部分の状態が分からない。
  • 売ったあとの責任への不安引き渡したあとで不具合が見つかり、買主とのあいだで問題にならないか。
  • 家族のあいだの意見の違い「直してから」と「そのまま」で、根拠のない印象のまま議論が続いてしまう。

これらはいずれも「建物の現況が分からない」という一点から広がっています。建物状況調査は、国が登録した講習を修了した建築士が、決められた方法で建物の現況を調べ、劣化事象の有無を記録する仕組みです。結果が出れば、家族の話し合いは「どう感じるか」から「何が確認されたか」へ移ります。印象ではなく記録を手元に置くことが、迷いを一段ほどく出発点になります。

一方で、調査は万能ではありません。調べられる範囲も、結果の使い道も決まっています。順番に、制度の側で何がどう定められているのかを確認していきます。

建物状況調査(インスペクション)とは何か

宅地建物取引業法は、建物状況調査を、建物の構造耐力上主要な部分または雨水の浸入を防止する部分として国土交通省令で定めるものの状況の調査であって、経年変化その他の建物に生じる事象に関する知識と能力を持つ者として国土交通省令で定める者が実施するもの、と定義しています(第34条の2第1項第4号)。国土交通省の説明では、この「国土交通省令で定める者」が、国の登録を受けた既存住宅状況調査技術者講習を修了した建築士であり、調査は既存住宅状況調査方法基準に基づいて行われるとされています。

調査の対象になる二つの部分は、住宅の品質確保の促進等に関する法律の施行令で範囲が定められています。構造耐力上主要な部分は、基礎、基礎ぐい、壁、柱、小屋組、土台、斜材(筋かいなど)、床版、屋根版、横架材(はり・けたなど)で、建物の重さや地震・風などの力を支える部分です。雨水の浸入を防止する部分は、屋根や外壁、これらの開口部の戸やわく、そして屋根・外壁の内側や屋内にある雨水用の排水管です。つまり、構造の安全にかかわる骨組みと、雨漏りにかかわる部分が中心だと分かります。

調査の対象(2つの部分) 施行令で定められた具体的な範囲
構造耐力上主要な部分 基礎、基礎ぐい、壁、柱、小屋組、土台、斜材(筋かい・方づえ・火打材など)、床版、屋根版、横架材(はり・けたなど)。建物の自重・積載荷重や、地震・風・土圧などを支える部分。
雨水の浸入を防止する部分 屋根・外壁、これらの開口部に設ける戸・わくその他の建具、雨水を排除するため住宅に設ける排水管のうち屋根・外壁の内部または屋内にある部分。

調査の方法は、目視と計測を中心とした非破壊が原則です。壁をはがしたり床下を壊したりして内部を確かめるものではありません。そして国土交通省は、建物状況調査は「瑕疵の有無を判定するものではない」ことを、標準媒介契約約款のなかでも明記するよう整理しています。あくまで、調査した時点での劣化事象の有無を把握するための調査です。

出典: e-Gov法令検索『宅地建物取引業法(昭和二十七年法律第百七十六号)』第34条の2第1項第4号、e-Gov法令検索『住宅の品質確保の促進等に関する法律施行令(平成十二年政令第六十四号)』第5条、国土交通省『インスペクション(建物状況調査)』(いずれも確認日: 2026年10月16日。条文は要約)

2018年の宅建業法改正で、業者に求められるようになったこと

建物状況調査がよく知られるようになったのは、2018年(平成30年)4月に施行された宅地建物取引業法の改正がきっかけです。この改正で、既存(中古)の建物を扱う宅地建物取引業者には、売買の各場面で次の対応が求められるようになりました。

場面 宅地建物取引業者に求められること
媒介契約を結ぶとき 建物状況調査を実施する者のあっせんに関する事項を記載した書面を、依頼者に交付する(第34条の2第1項第4号)。
重要事項を説明するとき 建物状況調査を実施しているかどうか、実施している場合はその結果の概要を、買主等に説明する(第35条第1項第6号の2)。
売買契約が成立したとき 建物の構造耐力上主要な部分等の状況について当事者の双方が確認した事項を記載した書面を交付する(第37条)。

ここで押さえておきたいのは、改正で義務づけられたのは「あっせんや説明をすること」であって、「建物状況調査を実施すること」そのものではない、という点です。あっせんとは、調査を行う専門家を売主・買主に紹介する手配のことです。業者は、あっせんができるかどうかを示し、依頼者が希望すれば手配します。調査を受けるかどうかは、売主や買主が選びます。

媒介契約書の様式も見直され、2024年(令和6年)4月以降は、あっせんを「無」とする場合にその理由を記載する扱いになりました。あっせんの有無が、より分かる形になっています。売主の立場からは、媒介を依頼する段階で「建物状況調査のあっせんはできますか」と確かめておくと、後の流れを描きやすくなります。

出典: 国土交通省『既存住宅流通について(建物状況調査(インスペクション)活用に向けて)』、e-Gov法令検索『宅地建物取引業法』第35条第1項第6号の2・第37条(いずれも確認日: 2026年10月16日。要約)

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事実を置いたあとに

調査を考える前に、まず今の価格帯を知っておく

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重要事項説明に使える調査結果には期間の要件がある

重要事項説明で扱える建物状況調査の結果は、実施してからどれだけ時間が経っていても良いわけではありません。宅地建物取引業法第35条は、重要事項説明の対象となる建物状況調査を「実施後国土交通省令で定める期間を経過していないものに限る」と定めています。国土交通省の説明によると、この期間は令和6年4月1日の施行で見直され、木造等の住宅は調査の実施から1年、鉄筋コンクリート造等の共同住宅等は2年を経過していないものとされました。

重要事項説明に使える建物状況調査の有効期間。木造等の住宅は調査後1年、共同住宅等(鉄筋コンクリート造等)は2年。令和6年4月1日施行 重説に使える調査結果の期間 1年 2年 木造等の住宅 共同住宅等(RC造等)
重要事項説明の対象となる建物状況調査の有効期間(令和6年4月1日施行。棒の高さは年数に比例)。出典: 国土交通省『既存住宅流通について(建物状況調査(インスペクション)活用に向けて)』(令和6年4月1日施行。確認日: 2026年10月16日)を基に Real Estate 7 Grid が作成

この期間は、あくまで重要事項説明で「結果の概要」として扱える目安です。期間を過ぎたからといって、調査そのものの価値が消えるわけではありません。ただし時間が経つほど、調査した時点の現況と今の状態との差が広がります。売り出しの時期と調査の時期が離れそうなときは、どのタイミングで調査を受けるかを業者と相談しておくと、重要事項説明の場面で扱える形に合わせやすくなります。

調査でわかること・わからないこと

調査の限界を先に知っておくと、結果を過大にも過小にも受け取らずに済みます。建物状況調査は、決められた対象部位について、調査時点の劣化事象の有無を目視・計測で確かめるものです。構造の安全性そのものを計算で判定したり、設備の性能を保証したりする調査ではありません。

調査でわかること この調査ではわからないこと
基礎・外壁・屋根など対象部位の、ひび割れ・雨漏りの痕跡といった劣化事象が、調査した時点であるかないか。 建物に法律上の瑕疵(契約不適合)があるかどうかの判定。これは調査の目的ではない。
目視・計測で確認できる範囲の、現況の状態。 壁の内部や床下の奥など、非破壊では見えない部分の状態。
対象部位について、記録として残せる客観的な事実。 耐震性の有無や構造計算上の評価、設備の性能、将来いつ不具合が出るかの予測。

たとえば耐震性については、建物状況調査とは別に耐震診断という仕組みがあります。古い家の売却では、建物状況調査で現況の劣化事象を確かめつつ、耐震性が気になる場合は耐震診断の記録の有無を別に確かめる、というように、目的ごとに分けて考えると混乱しません。「調査を受けたから大丈夫」と一括りにせず、何が確認でき、何は確認できていないのかを、結果の報告書で読み分けることが大切です。

調査の担い手と、依頼のしかた

建物状況調査を行うのは、国の登録を受けた既存住宅状況調査技術者講習を修了した建築士です。国土交通省は、この技術者を探せる検索サイトを案内しています。媒介を依頼する宅地建物取引業者を通じてあっせんを受けることもできますし、売主が自分で調査を手配することもできます。

費用や所要時間は、建物の規模や構造、調べる範囲によって変わります。公的な資料に一律の相場が示されているわけではないため、具体的な金額や日数は、依頼する技術者や業者に見積もりで確認します。この記事では、確かめられていない金額は示しません。依頼の前に、調査の範囲、報告書の形式、重要事項説明に使える時期に間に合うかを、あらかじめ確認しておくとよいでしょう。

売主が調査を受ける意味は、価格を動かすことよりも、買主との情報の差を小さくし、話を事実の上で進められるようにすることにあります。調査の結果は、良い点も含めて記録になります。悪い結果が出ることを恐れて調べない、という選び方もありますが、分からないまま進めても不安は残ります。調べて分かった事実をどう扱うかは、そのあとで決められます。

調査の結果を、売り方の判断にどうつなげるか

「直してから売るか、そのまま売るか」は、感覚ではなく、調査で確かめた現況と、今の価格感の両方を並べて考える問題です。直すにも費用と時間がかかり、直したぶんが価格にそのまま乗るとは限りません。反対に、現況のまま売る場合でも、劣化事象を正直に伝えたうえで価格がどう見られるのかは、実際に確かめないと分かりません。

進め方 確かめること
直してから売る 調査で見つかった劣化事象のうち、どこまで直すか。修繕の費用と時間、直したあとに見込める価格感。
現況のまま売る(仲介) 劣化事象を伝えたうえでの売出価格と成約価格の見え方、販売にかかる期間。
現況のまま売る(買取) 不動産会社が買主になる場合の提示条件の内訳と、手続きの進み方・時期。

どの進め方でも、出発点になるのは「今いくらで売れそうか」という価格感です。査定は無料で依頼でき、依頼しても売る義務はありません。仲介と買取では価格と条件の見え方が変わるため、両方の入口を見てから比べると、片方の情報だけで決めずに済みます。調査で得た事実と、査定で得た価格感を並べれば、家族での話し合いも、印象論から一歩進められます。

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事実と価格を並べる

仲介と買取で、価格と条件の見え方を比べる

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売る前に手元で確かめる書類と、価格感の確かめ方

建物状況調査を受けるかどうかにかかわらず、手元の書類を先に集めておくと、調査も査定も話が早くなります。次の資料は、建物の状態や経緯を伝えるときの土台になります。

  • 設計図書・確認済証・検査済証建物の仕様や、建築確認・完了検査を受けた記録。見つからない場合は、その旨も情報のひとつです。
  • 修繕・リフォームの記録屋根や外壁の塗装、防水、設備交換などの時期と内容。請求書や工事の記録があれば控えます。
  • 過去の調査・診断の記録以前に建物状況調査や耐震診断を受けていれば、その報告書。
  • 雨漏り・シロアリなどの履歴発生した時期と、どう対処したか。再発の有無も分かる範囲で。
  • (マンションの場合)管理組合の資料長期修繕計画、大規模修繕の履歴、建物全体の調査・診断の有無。専有部分だけでは分からない情報です。

これらを並べたうえで、現況のまま売る場合の価格感を確かめるなら、査定を使います。査定は無料で依頼でき、依頼しても売る義務はありません。手元の事実と価格感がそろえば、「直してから」か「そのまま」かの判断も、家族で共有しやすくなります。

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